【LIVE】古神道的視点の政治における対立
※ライブ配信が少しグダグダになってしまったので、加筆修正と追加の説明をしています。
はじめに:古神道の視点から見る政治
SoulAlchemistチャンネルをご覧いただきまして、ありがとうございます。
本日はタイトルの通り、ちょっと政治的な話なのかなと思うかもしれませんが、私自身は別に政治に興味があるということではありません。
政治家を目指すとか、政治について語るという以前に、まず「古神道(こしんとう)」というところが僕の中の人生の主柱にあります。
そういった視点から、今の世の中においての考え方、古神道的な考え方ということについて、少し語ってみたいと思います。あくまで個人的な考え方と思ってください。
古神道の世界というのは、一括りにするのがそもそも難しくてですね。
その考えというのは、そもそも「宇宙とか自然とか全てがなぜ存在するのか」とか、その根本的な話をしているのであって、本来は「神道」というジャンルということではないはずなんです。
それを分かりやすく「神道」と言っているだけなんですが、あらゆる宗教の根本だと思っていますし、一つの宗派ということではなく、根源的な考え方に立ち返って考えている、宗教以前の世界を言っていると思っています。
そういう視点で私自身はずっと仕事をしてきたこともありますし、生きているのが私自身のライフワークなので、そういった観点から、この政治というものについて、今の色々な世の中について話してみたいと思います。
対立軸の虚構:共産主義と資本主義
よくテレビで見かけるような、中国と日本の対立軸があると思います。
分かりやすく言うと、「共産主義」と「資本主義」というものが世の中にあるとします。
もっと一般的な考え方だと、「支配者」と「自由の世界」みたいな対立軸があると思いますね。
あだかもこちら側からすれば、中国のような独裁的な支配は「悪」だと。そして我々のように自由な発言ができるのが「善」だと、やっぱり思いがちです。
けれど、本当にじゃあ「自由」って何かというところを考えた時に、実際のところは、SNSにしてもYouTubeにしても、全く自由な発言はできないですよね。
ちょっと今の現在の政権や世の中にとって(誰か分かりませんが)不都合なことを言えば、すぐにBANされる。だから自由かというと、自由じゃないじゃないですか。
私たちは世の中のしがらみの中にみんな生きているので、「自由」と「放縦」というのを履き違えている部分もあって、なかなか人生思うように自由に生きられないよね、というのは皆さんが感じているところだと思うんですよ。
じゃあ、一体「自由主義」って何なのかと言えば、元を正せば「資本主義」だと思うんです。
つまり、弱肉強食の世界ということじゃないですか。自由に競争ができる世界。
で、共産主義というのは、一党独裁だけども、公平に分配される世界でしょう。だからそういう意味の対立軸だと思うんですね。
よくスピリチュアルの世界でも、「支配者のいる男性性の時代」とか、「自由で輝ける女性性の時代」みたいなことを言っている人がいるんですけど、あんまり変わらないですよね。
軸としては、要は対立軸としては変わらないと思ってます。
結局「どっちもどっち」というのが、おそらく真実です。
繰り返される「オリオンの戦い」と宇宙の政権交代
それをずっと対立してきたのが、スピリチュアル世界で言われるのが「オリオンの戦い」ですよ。
もうその対立を始めたら、永遠に戦いが続くんです。
2万何千年で何回か切り替わると言いますけど、結局その対立を繰り返しているんです。
男性性だ、女性性だ、自由主義だ、支配主義だ、帝国主義だ、なんだと言いながら。
自由が行き過ぎるとちょっと締まる、締めすぎると自由になる、というのを繰り返して、結局のところ対立して、相手を批判して戦い続けてきたのが、人類始まって以来というか、今まで起こってきた時代なんですよね。
「政治の話から一体何になった?」と思われるかもしれませんが、つまり何が言いたいかと言えば、全てにおいてそもそも対立というものをわざわざ作っているということが言いたいんです。
それぞれの言い分があるのは分かるんですが、大体「国」というのはそもそも国境がないわけです。
「お前はグローバリストか」と言うと、じゃあその話も一緒なんです。何が言いたいかと言うと、全てにおいて裏と表があるという話なんです。
共産主義にも裏と表があるし、資本主義にも裏と表があるし、グローバリストにも裏と表があるでしょう、という話になります。
じゃあその裏表って何か、ということが大事なんです。
宇宙と神の観点から言うと、宇宙の方向性が、男性性(支配)になったり女性性(自由)になったりを繰り返していると言いましたけど、本当に神の世界の話をすると、もうそういったレベルの次元の話ではない「切り替え」が起こっているんです。
それは簡単に言うと、「回転」です。
そもそも宇宙の回転が変わったと。
分かりやすく言うと、お寺に行くと「まんじ(卍)」のマークがあるじゃないですか。一般的な卍のマーク、鉤十字です。
この鉤十字を反転させた形、これがナチスのマークでしょう。
これを「悪」のように捉える人はいるんですけれど、実はこのマークというのは真実を表現していて、宇宙の創造の仕組みの回転が、右回転から左回転に変わったというような話なんです。
全ての流れ、全ての回転がそもそも変わっているんです。
だから共産とか資本とか、自由とか束縛とか、もうそういうレベルじゃなくて、根本的な宇宙の創造の仕組み、宇宙の流れ、これを「宇宙の政権交代」、神の創造主の世界の政権交代という風に僕は思ってるんですけど、そう、本当に根本的な宇宙の流れがもう変わったんですよ。
宇宙が創造されて一回、左回転から右回転になりました。それはなぜかと言うと、物質の世界を創造させるために右回転になったんです。そこからもうずっと来たんです。
で、それがようやくまた左回転に戻ったという。
今、宗教にしても、スピリチュアル界隈にしても、世界の政治にしても、今までにないこの切り替えが起ころうとしているのはなぜかと言えば、もう宇宙そのものの、さらに根源の神の世界で、考え方が切り替わったということが実はあるんですよ。
それはあらゆるメッセンジャーを通じて、そういったヒントは降ろされているわけなんです。
だから今のこの世の中の切り替わりというのは、単純に地球上で起こっているという話でもなく、銀河系の周期が変わったとかそういう話でもなくて、もう本当に創造主の考え方が一つ変わったっていうぐらいのレベルの話なんです。
これを「天意(てんい)の転換」という風に僕は言ってるんですけど、「天意」というのは「天」と書いて「意識の意」、で「天意=愛」とも言うんです。
その天意=愛によって方向性が切り替わったという話なんです。
愛のある共産主義、愛のある資本主義へ
それに(天意の転換)よって何が起こるかと言えば…
今までの共産主義。良い面を見れば、「そうだ、みんな共産だから貧しくなることもないだろう。みんなで働いてみんなで補えばいい」。
でも実際は共産主義を見ると、某国のように一党独裁で、人民を本当に幸せにできているかと言えば、むしろ資本主義の考え方を取り入れている人たちの方が豊かになってしまっていますよね。結局それも立ち行かない。
じゃあ資本主義はどうかと言えば、確かに自由主義と言っていますけれど、実際のところはやっぱり弱肉強食の世界で貧富の差も起きると。
世の中これだけ進んでも、一日にどれだけの人が食事も摂れずに餓死しているのか、どれだけの食物を捨てているのか、どれだけの自然を破壊しているのかということを考えた時に、じゃあこのまま自由にやりたいことをやっても、地球上はこのままでは滅んでしまうだろうというところに向かっているわけです。
で、その共産主義と資本主義の対立で戦争が起きようものなら、もうそれは終わりですよねと。もうそこに一直線というのが今の状態じゃないですか。だから「どっちもどっち」ですと。
それは「天意の転換」によってどう切り替わるかと言えば、簡単に言えば「愛」なんですよね。
「愛のある共産主義」であり、「愛のある資本主義」に切り替わるっていう話なんです。
その「天」が切り替わることによって、
* 共産主義は: 本当に稼ぐ能力のある人が稼いで、そして貧しい人を助けるという共産主義になればいいわけです。
* 資本主義も: 同じですよね。みんなで愛を持って、能力ある人たちがそれぞれ世の中を良くしていって、みんなのためにそれを使っていく。
「愛の共産制」とも言いますし、「愛の資本主義」とも言います。
そういう風になっていくのが、これからの天国のような時代だろうと思うんですけど、そういう風に世の中の宇宙の流れというのは切り替わっているということなんです。
だから、今の世の中の風潮として、よく「自国ファースト」とか言いますけれども、そんな風にしてただただ対立を煽るとか、戦争を煽るとか、そういうことをやっているうちというのは、まああんまりね…世の中というのは戦争に向かっているのかなと思います。
これは一般的な民間の考え方でも同じですよね。「男性性が今までダメで、女性性が…」とかっていうのも同じことなんです。その支配も自由も、今の話と全く変わらないですね。
だからそこに恐らく必要なのは、共産的な考え方と、資本主義的・自由的な考え方が、みんなのためにこう協力しよう、つまり「愛」ですよね。
初めてそこに幸せな社会が訪れるという世界なんです。
男性も女性もそれぞれの役割がある。それぞれの「らしさ」というものがあって、競争したり対立するものではないんですよ。
そういう当たり前のことを、世界中に向けて発信できるのというのは、日本人だけなんだと思います。
変化を拒む存在たち
今の世の中の風潮を見ていると、必ずどっちかを叩く。そして「あたかも今の新しい時代はこうなんだ」みたいに言って、みんなを扇動する人が多い。
それは政治の世界もそう、スピリチュアルの世界もそう、多いんですよ。「これが新しいこれからの時代」とか。
だけど実は、そういう風に言っている人たちというのは、対立をしたい世界にずっと居続けているんです。
それはどうしてそういうことが起こるかと言えば、やっぱりその宇宙の大きな根源の存在の「大転換」というものについていけない霊的存在も、高次元の存在も、もちろん人類もたくさんいると言われているんですね。
だから、宇宙からやってくるメッセージにしても、霊的存在のメッセージにしても、それが全て方向性として正しいかどうかはちょっと分からないと思った方がいいです。
それは自分の中でそこを見極める必要が出てくるんじゃないかな、ということです。
結局のところ、今のこの大きな大きな転換というものについていけない人たち、もしくは転換したくない存在(人だけではなく存在)もたくさんいるので、すごくそれらしきことを言ってくる、嘘を言ってくる…まあそう思って間違いありません。そういう人たちもいるってことです。
それはもう染み付いてきてしまっているわけです、そういう考え方が。
とにかく対立軸を持つ考え方が、どうしても染み付いてしまっているのが、もう魂に染み付いているんですね。だから、切り替えたくないんですよ、考え方を。
そういう人たちが多いのが、今の宗教の世界もそう、スピリチュアルの世界もそう、政治の世界もそう、人の生き方もそう、考え方もそう。
もうそのサイクルを持ち続けている以上、対立というのはなくならないんですよね。
その政治の対立というのは、人々の考え方の集大成でしかないと思います。社会というのは一人ひとり、そして一つひとつの家庭の集まりなので。
結局のところは、我々一人ひとりが、その宇宙・神が切り替わっている、時代が切り替わっているのに対して、いつまでも抵抗して切り替わろうとしないこと。それが今の世の中のきな臭さに発展しているというところまで、僕はやっぱり遡れると思っています。
一人ひとりの意識の転換
ですから、私自身はかつてそういう政治的な活動をしたこともありましたし、社会活動をしたこともありましたけれど、はっきり言ってそれは「無意味」と思ってます。
無意味と言い切ってます、僕の中では。それは僕自身の役割ではないからです。
そのようにして今まで何億年と対立を続けてきたのが人類です。
じゃあ何かと言えば、やっぱりまず今のこの宇宙の流れに対して、自分自身が切り替わっていく、一人ひとりが切り替わっていくってことを実現していくことが、世の中を変えていくことなんじゃないかなと。そんな風に僕は思っていますし、それが根本だと思っているんですね。
まず一人ひとりの魂、考え方を切り替えていって、宇宙の神の流れに乗っていくというか、気づいていける。
今まではいわゆる「分離の時代」と言われていますけど、それはなぜかと言ったら、目に見えない世界から物質の世界を創造するにあたって、やはりそこには分離の考え方が必要で、それが宇宙の大きな大きな創造主の流れでもありました。
だからそこはそういう「天意」がありました。
そういう時代でずっと来て、物質開発が行われてきて、今ようやくその分離したものを「統合」させようという時代になっているわけです。
そういう大きな時代の流れに気づいていける人が増えていくことが、世の中が天国になる方法だと思っているということです。
その上で、それに気づいた上で物質開発をすればいいし、科学の発達もすればいいわけだと思っているわけです。
つまり、科学を否定するとか、物質開発を否定しているとかではないですよ。役割の話です。
神と科学の統合
例えば科学って、科学者は「神」という言葉を使ってはいけないということで、ひたすらこだわってるじゃないですか。
でもよく考えてみた時に、少なくとも今のこの宇宙(分かっている宇宙)は、科学的にも100億年以上経っていると言っているわけですよね。
たかだかここ2000年ぐらいの科学で、科学を主として、何百億年の分からないこの時代を否定はできないですよね。
つまり、そこに何があったのか分からないでしょう。2000年ぐらいの知識で、宇宙の全てを知ったような考え方ってどうかなと思うんですよ。
科学は必要だと思います。あくまで3次元の世界において、見ることができる世界を探求し開発して、これは絶対必要なんだけど、そこに「なぜわざわざ神の世界を否定する必要があるのか」ということなんです。
その「神の愛」というものがあるということを知った上で、科学というものを発展させればいいと思いませんか、という話ですし。
逆に宗教は、そういったことを現代の世界により伝えて、神の愛を伝えて、それを教育や政治や科学の世界に活かしていくというような働きが必要だと思うんです。
そういった対立軸のない、それぞれの役割を生かした世界、愛のある世界というものが、結局は…
(中断:ここから現地の会話)
ヒロ:いい天気で最高ですね。
>
通行人:ああ、はいそうですね。いい天気で最高だね。
>
ヒロ:何やって、何やってん…暑いくらいですよね。何やるんですか?何やってんですか?
>
通行人:いや、あのグラウンド…
>
ヒロ:ああ、そうなんですか。
>
通行人:うん、ここ元々ゴル…あの、じいちゃんばあちゃんのあの、グラウンドゴルフ場だから。ゲートボールやってますよ。
>
ヒロ:あ、そう、ゲートじゃない、グラウンドゴール…
>
通行人:あ、そうなんですか。
>
ヒロ:ゲートボールじゃない、ゲートボールとまた違うな。
>
通行人:あ、そうなんです。
>
ヒロ:うん、昔はゲートボール…あ、今ゲートボールやってる人少ないよね。
>
通行人:今やってますよ、でも。
>
ヒロ:あ、これあの、今あれ? グラウンドゴルフ?
>
通行人:あやっ…今やったの? ゲートボールってのはこう来て、ここが低の字でしょ?
>
ヒロ:うん、こう変…あれじゃないで…うん、あのあのこれで…あ、そうですか、そうそう。それを練習してんですか?
>
通行人:そうそうそうそう。
>
ヒロ:へえー。
(会話終了)
あ、い、あ、なんかよく分かりませんけども、あの、はい(笑)。
まあね、そういうわけで、まあちょっとね、話も煮詰まってきてしまいましたが。
試される時代と「本当の生存」
はい、そうそうそう。まあ最近ね、そのテレビとか見てて思うわけですよ。そういう話を見てて思うんです。
だから、なんでしょうね…と思います、皆さんどうでしょう?
やっぱりその一人ひとりが変わらないと、世の中が変わらないっていうのは、僕の中の今の考え方ですし、それをやっていくために今こういった活動をしてます。
まあ本当に今日はただただ喋っているだけなんですけれど。
そういう政治とかね、いろいろこれから本当どうなるか分からないですよ、そうは言っても。
やっぱりその世の中の、今の世の中を変えていくというか、天国になる過程においては、あらゆる所で一度、もう今のこの社会を破壊するような現象が起きるということは、まあ予言めいたことはどうしても言われてますし。
実際に起こるか分からないですし、それがあるわけではないですけど、まあこのまま行けば、予言なんて別に信じようと信じまいと、戦争起こりそうですもんね。
で、そうなった時に一応言われているのは、「まあ100日ぐらい飲まず食わずの時代が来るけど、それを耐えろ」みたいなね。まあどうなるんでしょうね。
やっぱりその時に、己がどこにいるか、どういう状態でいられるか、何が起こっても、それを己自身を失わずに生きていけるか。
そういったところも試されるのかなと思います。
よく「何とか主義」っていう考え方があるでしょう。「これを信じていれば天国に行ける」とか、「これを信じていれば生き残れる」とかね。
なんかそういう話ではなくですね、本当にその神のメッセージで言いたいことは、「次の時代を本当に愛のある時代に、作っていける人たちを残したい」っていうのが、神のメッセージを受け取る方々の本心になるわけですよ。
自分の伝えることで信者を増やしたいとか、あの人をたくさん周りに集めたいとか、お金を周りにたくさん集めたいとか、そういうことではないわけですよね。
まあ、そういう風なことをやろうとしている方々は、どんな素晴らしいメッセージを受け取っても、結局のところそれはね…まあ一概に難しいですけどね、考え方をいつの間にか自分たちの勢力を強めるためにやってる、みたいな。
本当に世の中を良くしようとしてるとか、世の中のためにやってるとか言いながら、実はそんなことは言ってることは口ばっかりで、やってることはただ自分たちの勢力を広げたいだけ、みたいな人たちはたくさんいるので。
まあその辺はですね、本当一人ひとりの魂の持ちようかなと思ってます。
ちょっともうね、グダグダになっちゃいましたので終わろうかなと思います。
今日ちょっと政治の話とですね、それにまつわるというか、僕が常に思ってる古神道的な考え方っていうものを述べてみました。
わけわからんライブになってしまいましたが、まあそんな感じで終わりたいと思います。
ありがとうございました。